毎月1日は映画の日〈セメントの記憶〉
1つ前の記事で
喉が痛い
って書きましたが、一夜で悪化の一途を辿り、唾飲み込むだけで痛いやつになりました(ToT)
病院行っても大してかわらんだろうと、市販の喉の薬で1日頑張ってみましたが、
ぜーんぜん治りません笑
こりゃ明日病院か…。
そんな喉の痛みを抱えつつ、仕事終わりに渋谷のホテル街へ映画を観に行ってきました(^^;;
(あのあたりは夜は怖いですね〜…)
風邪っぽいのに馬鹿なの??
と、思う方もいるでしょう。私も普段ならそう思いますよ、ほんと。
ただ!今回はどうしてもいかねばならぬ理由があったのです。それは…
事前にクレジットカード決済でチケットを買っていたから(o_o)
毎月1日は映画1100円デーなので、良い席は予約で埋まってしまうんですよ。
(最後列の通路側)
だから昨日の午前中に買っておいたんです。その時はまだなにも症状出てなかったんで(T-T)。日付変更とかできないんですよねーー。キャンセルもできないし。
まさかね、喉がこんなに腫れて痛くなるなんて全く予想だにしておりませんでした。辛い( ; ; )
で、そんな喉痛の中頑張って観に行ったのが、先日観る宣言をしていた
「セメントの記憶」
英題はTaste of Cement。セメントの味ですね。
私のもの凄いど素人の感想ですが、まずびっくりしたのが
あれ?無声映画ですか?
っていうくらいセリフやナレーションのような音声がない。
たしか約1時間半の映画だったんですが、字幕とともに流れた音声は200文字原稿用紙2枚分くらいの感覚でした。一気に話したら3〜4分で終わるくらいの文章量。
だから、ほぼ人の声なし。だからほぼ字幕もなし。
集中力のない私には正直辛い時間もありましたが、観ていくうちにこの音声がほぼ無い意味はおそらくこういうことなんだろうなぁっていうのが自分なりに答えが出ました。
私達がテレビなどで観るドキュメンタリーって、ナレーションで随時説明があって、主人公となる人が質問されたことに答えたり、自ら語ったりするのが大半ですよね。
これが外部からの説明ありのドキュメンタリー。
今回私が観たセメントの記憶は、外部からの説明無しのドキュメンタリー。
生活のありのままを、説明も投げかける質問も無しにすすめていく。
その結果、会話がない。
だから、会話が存在していないのが現実なんですよね。
これに外からナレーションで説明の音声を入れたり、主人公となる人が語る音声を上からのせてしまうと、
会話がない、言葉がないっていう現実が伝わらないんだろうなぁって私なりに解釈しました。
何か自分のわからないことがあったら、すぐスマホで調べるし、本で調べるし、説明不足の人がいると伝わるように説明してもらいたかったり、自分の頭でじっくり考察する事が普段できてないんだなぁなんて反省しました。
初めて知る事が多かった映画なので、もっとここで説明いれてくれたらなぁ!とか思っちゃったんですけど、なんかきっとこれ違うな(._.)。と後々思えてきた…。
シリア難民の人が、故郷を壊滅的に破壊され、爆撃の轟音、街の残骸と廃墟、そういった所から命からがら逃げて、次の生きる環境となったのが、
成長を続けるレバノンの都市の高層ビルの建設現場。ここは、シリアとは真逆の創造の現場。
でも、シリア難民の作業員にほぼ自由はなく、勤務時間以外は地下の日も当たらないところで言葉を交わす事なく暮らしている。
破壊、破壊、破壊…。
そして創造、創造、創造…。
このコントラストがとても切ないものでした。でも、破壊の記憶は常に消えずに残っているままで。
あと、爆撃を受けた時の轟音や衝撃波がとても伝わる映像もあり、映画とはわかっていても本当に怖かったです。
ニュースとかで見るシリアの攻撃を受けている映像がいかにテレビ向きに音量を下げているかこれを見るまで気にした意識した事がありませんでした。
面白かったか?と聞かれたら、面白かったよ!と言うような映画ではなかったけど、意味深い映像でした。
真面目な映画だったんで、真面目に書いてみました。
次回は適当なこと書きます笑
それでは映画レビューのブログでした!
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました!
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